海外大学進学者の体験談

村山 安奈(2000年沖尚卒業)

村山 安奈(2000年沖尚卒業)
College of Saint Benedict、ミネソタ州
Liberal Studies (concentrate on International Relations)専攻、2004年卒業
東京大学大学院総合文化研究科
国際社会科学(国際関係論コース)専攻、2008年卒業

私は、高校時代に米国1年留学を経験してから大学もアメリカへ行くと決めていました。緑豊かなキャンパスと留学生へのサポートシステムが充実しているところに惹かれて、最終的にSt.Benedict大学に進学しました。
大学の4年間は、私にとって「一生の財産と次のステップへの強力なジャンプ台」となりました。授業をはじめ、様々なイベント、アルバイトとして経験した青少年リーダーシップキャンプのアシスタントアドバイザーや歴史学科の学生秘書などを通じて、多くの友達やコネクションができました。今でも仲良くしている友達やいつも気にかけてくださる何人もの教授たちは私の大切な財産です。また、セントジョンズ大学キャンパスとの間を運行する最大75人乗りの学生バスの運転手として2年半運転しました。3ヶ月かけて知識と技術を学び、筆記試験を5回も落ちた後、やっとの思いで運転免許を取得しました。私がバスの運転手にこだわった理由は時給が最も高かったことと、友達を沢山つくれると考えたからです。「まさかあの子が!」という人のビックリした顔をよそに、学生を乗せた大きなバスを運転し、広大なキャンパスを走ることはとても爽快でした。
アメリカの学生は、社会や政治・国際的問題に対しても敏感で、いつも積極的に議論していました。私が国際関係に興味を持ったのも、そういった環境にいることができたからです。もちろん授業や宿題、試験には大いに苦しめられましたが、アドバイザーやチューター、友達にも助けられ、私自身も努力して乗り越えることができました。ワシントンD.Cのインターンシッププログラムでは、ロビイストの下で2ヶ月間働き、米議会の公聴会のレポート作成や調査などを行いました。また、毎年開かれるHarvard模擬国連会議に参加したことで、実際の会議がどのように行われるのかを体験し、多くのことを学べただけでなく、他大学の生徒との交流や意見交換を行うこともできました。このような経験は、高校時代には自信がなかった私に、ガッツと広い視野と、より多くの選択肢を与え、大学院へ進学するきっかけにもなりました。大学卒業後は、国際社会の流れを踏まえて、大学でも学んだ中国語をさらにレベルアップするため、一年間、北京大学などの語学プログラムに参加し、その間、留学仲間で日中関係や国際関係の議論が出来たのも大きな収穫のひとつになりました。
東京大学大学院での修士課程は、知的探究心の溢れる人々が揃う環境の中、とても刺激的で挑戦的な経験になりました。東南アジアの国際河川をめぐる国家間関係の研究に打ち込んだ2年間は、とてもハードなものでしたが、アメリカや中国で鍛えられた分、楽しみながら頑張ることができました。修士号を取得した今、次の挑戦はアメリカでの就職です。

 

伊礼 紀人(2001年沖尚卒業)

伊礼 紀人(2001年沖尚卒業)
University of Miami Frost School of Music、マイアミ、フロリダ州
Musical Arts in Piano Performance専攻、2011年博士課程修了予定
Cleveland Institute of Music、 クリーブランド、 オハイオ州
Music in Piano Performance 専攻、2008年修士課程修了
Rollins College、ウインターパーク、フロリダ州
International Business 専攻、Music ? Piano Performance専攻(ダブル・メジャー)、2005年卒業

Rollins College:
Rollinsでのキャンパス・ライフは大変充実していました。自分は1年目は寮に入ったので、友人関係を保ちやすく、Thomas Johnson Centerというキャンパス内の大学生向けの家庭教師センターでPeer Tutorとして雇われ、スペイン語を教えていたので、それを通じてラテンアメリカ出身の友達が増え、現在でも交流しています。
外国人留学生のサポートとしてはWriting Centerがあり、課題などを手伝ってくれたり、書くのに行き詰ったときに助けてくれます。
フロリダの町にはキューバ料理を初め、L.A.スタイルのSmoothie専門店などがあり、日本人の好みに合うと思います。
教授と学生の距離は近く、Thanksgivingのディナーに誘われたり、将来のキャリアアドバイスをしてもらったりして、自分の人生の選択に大きくかかわっていたので、とても感謝しています。 Rollinsのプロフェッサーとは今でも連絡を取り合っています。
Cleveland Institute of Music (CIM) / Case Western University
Cleveland Institute of MusicはCase Western Universityの学内にあるのですが、音楽部が独立して経営されているので、あまりキャンパス・ライフというようなものはありません。
また韓国人やアジア系の生徒が大変多く、フロリダでアジア人の少ないところに住んでいたので初めは戸惑いましたが、だんだんと慣れてきました。
CWUの名は、医学/科学/音楽/Nursingでは比較的よく知られているので、キャリア重視に考える人がネットワークのため、あるいは自分のネームバリユーを上げるために大学院留学に来るには、大変向いていると思います。自分自身も、この大学にいるお陰でネットワークを広げることができ、フランスでの夏の音楽フェスティバル/コンサートやコロラドのアスペン市で開かれるクラシック音楽祭に参加することができ、この大学で勉強できたことを大変感謝しています。ただ、初めて学部生としてアメリカに来る人には、安全面について十分な心がけが必要です。
マイアミ大学でD.M.A.(ドクター)をとった後、母校Rollins Collegeで音楽の教授になるのが目標です(現在アメリカの大学レベルで音楽を教えるにはどうしてもこのDegreeが必要です)。
海外大学進学を決めた理由は、
1.たくさん興味があって、もともとダブル・メジャーする予定だったので、日本の大学システムだと不可能だったから。
2.「大学での、何を専攻したいか?」「何をElectiveとして取りたいか?」と考えたとき、どれもわざわざ日本語を通して学ぶ必要がなかった(例:Business, Spanish, Music History, Performance Practicum, Bible study etc.)。
3.専攻分野をキャリアとして実現させるためには、早くからプロフェッショナルとのネット・ワーキングを要する分野だったから。
4.あまり日本の典型的な大学生の行事(飲み会?とか)に、参加する興味がなかったから。
高校時代には、Rotary Youth Exchange Student Programで、一年間アメリカのウィスコンシン州マディソンのJames Madison Memorial High Schoolに通いました。
帰国後は、Rollins大学入学に必要なSAT-Iの受験対策に取り組みました。ローリンズ合格通知がきてからは、大学での受講クラス数を軽減するため、Okinawa Christian SchoolにてMacroeconomicsのA.P.(Advanced Placement)の試験を受けました。
自分がアメリカ留学で一番学んだのは、ある程度のリスクを負ってでも自分のやりたいことを貫き通すことの大切さでした。一度、沖縄から海外に出ると、今まで見えなかった生き方が見えてくると思います。皆さんも、もし「絶対やりたい」ということがあるなら、どんどん挑戦して下さい。

 

昇 わかば(2002年沖尚卒業)

昇 わかば(2002年沖尚卒業)
College of Saint Benedict、ミネソタ州
Psychology専攻(2006年 卒業)
Brunel University大学院、イギリス、ロンドン
Cross-Cultural Psychology専攻(2008年9月修了予定)。

小さい頃から外国に対する興味や憧れはとても強い方だったと思います。アメリカと言う特定の国ではなくアフリカ、アジア、ヨーロッパなどの言葉、人、食べ物、文化、全てに興味があり常にその人達と友達になりたいと思っていました。
私の場合、始めての海外生活は中学3年生の夏休みに学校からのオーストラリアホームスティプログラムに参加した時でした。そして高校2年生で1年間交換留学、大学進学の際に悩んだ末、本場アメリカで心理学を学びたいと考え、ミネソタ州のセントベネディクト大学に進みました。振り返ると大学での4年間はとても密度の濃いものでした。毎回授業の後に先生に授業の内容をすべて一緒に復習してもらったり、ナースアシスタントとしてのアルバイトでは日本では免許がなくてはできない仕事を沢山経験できました。また毎年開かれるイベントで沖縄の民俗芸能「エイサー」を初めて全校生徒の前で披露する機会や南アフリカ留学、カウンセラーアシスタントとしてのインターンシップの機会など、その中でお世話になった先生や仲良くなった友人は今でも連絡をとり合っています。
将来は国連やNGOなどで働きたいと思っています。これから海外へ進学を考えている後輩にはぜひ日本のことをしっかり勉強してほしいと思います。授業ではもちろん、色々な場面で日本について尋ねられる機会が多くなると思いますので、その時に自分の国の事を説明できるとすてきです。寮生活なら週末やイベントごとにポットラックパーティーがよくあるので、ちょっとした料理も作れると友達作りにも役立つかもしれません。みなさん頑張って下さい!

 

奥浜 沙代子(2004年沖尚卒業)

奥浜 沙代子(2004年沖尚卒業)
Mount Ida College、 マサチューセッチュ州
Fashion Design 専攻(2008年卒業)

沖尚在学中、私は1年間の留学をするつもりでした。でもその時に海外進学コース(現国際文化科学コース)が設立されて、どうせ行くなら大学留学をしようと決めて海外コースの一期生に志願しました。でもクラスは英語のレベルが高くてはっきりいって成績は悪かったです。いま思い返せば、留学に必要なTOEFLの点数を少しでも上げるため、東京まで行って受験を試みたりしました。その甲斐あって4年間で$10,000ではありますが、奨学金も頂きました。その私が今年の5月に卒業式を迎えて、卒業生代表で学業表彰ももらって驚いています(大学創立以来、International Studentでは初めての表彰と聞かされています)。
語学だけではなく、小さい頃から好きなファッションデザインを専攻にアメリカで学ぶためにボストン近郊のこの大学に入学しました。総合大学だったので、必須科目もあり専攻科目と両立して課題をこなすのに必死でした。必須科目について本を読んでのレポート、レサーチペーパー、プレゼンなどで毎回の授業についていくのに、授業後はとにかく先生や友達にアドバイスをもらったり、サクセスセンターに通って個人で教えてもらったりしていました。MajorのFashion Designの課題作品はスケッチから全工程を一人で仕上げます。最初は英語と専門分野の知識を同時に身につけなければならなかったので、正直のところ、大変でした。でもクラスが少人数制だった事もあってFashion Design科は、みな仲が良く、いつも助けてくれたり、ファッションの異文化交流をしたり、皆でNYまで生地買いに行ったりと賑やかでした。作品提出前はよく友達とスタジオに残って徹夜したりしました。3日寝ずに作業という事も何度もありました。でも作品が仕上がった時の達成感で、つらかった事も今では良い思い出です。大学在学中は、自分が仕上げた作品をお披露目するFashion Show に毎年出品し、今年は展示会も参加させてもらいました。また一年間ボストン市内のオーダーメイドのブティックでインターンシップをさせてもらいましたが、そこでも自分が手がけた洋服をBoston市内で開催されたShowに出品させてもらい、充実したものになりました。卒業後の今は、そのブテイックで働いています。アメリカはさまざまな人に出会ったり、新しいことと遭遇、発見する機会がとても多いです。また異国にいるからこそ、異なった見方で日本を知ることができました。留学は私に「自分はこうありたい」と描く事、自ら前に進むための手段を見つけることの大切さを教えてくれたと思います。これからもそれを失くさずに自分が描く未来に少しでも近づけたらなぁと思います。

 

金城 翔太(2005年沖尚卒業)

金城 翔太(2005年沖尚卒業)
Kent State University、オハイオ州
Teaching English as a Second Language(TESL)専攻、Arts and Sciences Department、教育学副専攻(4年)

Kent State University (KSU)は、教授、学生ともに人種多様で、黒人4割、白人5割、ラテン系7%、アジア人3%の割合で構成されています。学問分野では、看護、コンピュータ・サイエンス、ビジネス、インテリアデザイン、液晶科学はアメリカ国内でも絶大な支持を受けています。 
僕が在籍している学部では、LERと呼ばれる一般教養を卒業単位121単位中、最低54単位を履修しなければなりません。LERの場合、クラスの規模が大きいため(約100人)、授業のほとんどが講義形式で、テストはマークシート方式で行われます。専攻・副専攻では小規模のクラス(約10人)が主流で、討論など個人の参加が最も必要とされ、レポートなどの課題が成績の対象となります。
LER・専攻・副専攻ごとにアドバイザー/ディレクター(主に教授)が配置され、クラス登録から個人的なアドバイスまで、さまざまな意見を交わすことができます。とくに専攻・副専攻のクラスでは教授との掛け合いが多くなるため、外食やホームパーティーなど、プライベートな面でもつき合いが増えていきます。教授達との信頼関係は就職の際の推薦状にも関るもので、非常に大事なことです。
インターナショナル・オフィスは、留学生のビザステータス、空港送迎、ルームメイト探し、保険、インターンシップ、オリエンテーションなど細かく面倒を見てくれます。
僕は入学して以来、授業と調整しながら清掃員のアルバイトを続けています。小遣いを稼ぐ程度なら決して悪くありません。友人も増え、アメリカ社会を学ぶ経験にもなります。
 2年まえ課外活動としてバレーボール始め、現在は大学チームに所属しています。何かの一員として認められることは、とても価値のあることで、新しいことへのきっかけにもなると思います。もう1つ個人的に取り組んでいるのは書道で、学内のアートギャラリーに出品したり、色紙に書いて教授や友達にプレゼントしたり、日本語のクラスに招かれた時には、習字指導もしたりしています。
僕が専攻しているTESLは、オハイオ州認定TESLの教員免許(幼稚園~高校教育)を取得することになるので、学部卒業後、最低3年は教員として働いたあと、ハワイ、カリフォルニア、テキサス、ニューヨークなどの大学院でGraduate Assistant をしながら、将来の翻訳家としての勉強を計画しています。
海外大学進学は、高校在学時に特にやりたいことが見つからず、日本で行きたい大学もなかったため、あえて英語が得意だという理由で決意しました。ある意味で「賭け」でした。しかし、それによってあらゆるものを見て、感じてきた結果、自分のやりたいことを見つけることができたと思います。

 

長嶺 愛香(2005年沖尚卒業)

長嶺 愛香(2005年沖尚卒業)
ワシントン州立大学四年生
比較民俗学・女性学(ダブルメジャー)

私は2005年に沖縄尚学高等学校の国際科を卒業後、ワシントン州のワシントン州立大学プルマン校に進学しました。高校時から社会貢献活動に興味があり、海外大学で国際人としての教養を身につけることでその活動の場を増やせたらと思ったことが海外大学進学を決意した理由です。今は大学四年生で比較民族人種学と女性学のダブルメジャーをしています。私の大学があるプルマン市は、学園都市で大学生が中心の町です。授業は、一年生時には一般教養のクラスがほとんどです。三年生になって一般教養のクラスの成績の評価が認定されてからとる専攻の授業はより少人数になり教授方も両親のように親身になってくれます。また大学では、大勢の生徒が学業以外にも生徒会やクラブ活動に励んでいます。海外留学生センターでは、実際の学生がカウンセラーやインターン生として他の生徒が学業だけでなく文化的にも大学生活に慣れられるようサポートします。また、海外留学生の生徒会もあり、大学の国際化に携わるイベントを企画したり、要望や考慮がある際には留学生を代表して話し合いの場を開いたりします。私は、その生徒会で企画委員を一年間務め、日頃学んでいる人種学と女性学の知識を活かせたらと世界中で祝われている国際女性デーのプロジェクトを大学で初めて実現した企画運営力が認められ学長賞をいただくことができました。
高校在学中、英語が特別得意ではなかった私ですが、大学レベルで国際的な環境で学びたいというやる気は人一倍あったと思います。高校時代の米国一年留学もよい経験になりましたが、アメリカの大学は、もともとの才能や学力よりもやる気と行動力次第でいくらでも新しい事に挑戦し自分自身を開拓できる環境です。そして、大学生活で気づいたことは、なんでも挑戦することの大切さです。もしアメリカに進学したいという「目標」ができたら、自分を信じてアメリカの大学に進学する「計画」を着実に実行することが大切だと思います。

 

比嘉 美生(2006年沖尚卒業)

比嘉 美生(2006年沖尚卒業)
University of Washington、ワシントン州
International Studies concentration on Asia専攻(2年)

比嘉 美生(2006年沖尚卒業)2

私の通っているワシントン大学は院生も含めて4万人の学生が在籍し、キャンパスは学生の町という感じです。授業はクラスによって異なり、少人数の授業は約20人、大人数となれば約700人で授業を受けます。比較的小さなクラスは教授と直接話すことも可能ですが、大きいクラスでは、TA(Teaching Assistant)が講義の説明や質問に受け答えしてくれます。何事も自分から進んで質問したり、取り組んだりしないといけないので、外国人留学生へのサポートは小さめの大学に比べると少ないかもしれません。しかし、大きな大学だからこそ、色んな人と知り合えたり、自分に合っている学部を見つけたり、勉学以外でも自分の趣味を見つけるなどチャンスを与えてくれるのが大きな大学の魅力だと思っています。
海外留学はもともと親の勧めもありましたが、海外へ目を向けたいという気持ちがありました。高校3年のとき、この大学キャンパスを訪ねてみて、「ここで勉強したい!」という気持ちが芽生えました。高校時代には高校2年の時からTOEFLの練習、高3の夏休みからはpersonal statementのアイデアについて先生とのメールでのやりとり、苦手としていたTOEFLのReadingは毎日練習し、SATの勉強にも力を注ぎました。今後の進路としては日本の会社への就職を考えています。アメリカの大学での勉強は辛いこともあるけれど、進んできた道に後悔はないので、海外大学進学を目指している後輩のみなさんには頑張ってほしいです。

 

森山 枝里子(2006年沖尚卒業)

森山 枝里子(2006年沖尚卒業)
University of Arizona、アリゾナ州
理学部・天文学、物理学専攻(ダブルメジャー)3年

私がアメリカの大学に進学しようと決心したのは高校1年生の頃に参加した米国姉妹校への1年留学からの帰国後でした。アメリカでの学生生活の中で、のびのびとした環境の中で自由に学業に取り組み、積極的に学ぶアメリカ人学生の姿勢は、私の海外進学の意欲を向上させてくれました。また、小さい頃に父が買ってくれた望遠鏡をきっかけに宇宙に興味を持ち始めた私は、自ら色々な本を読むようになって次第に天文学を学びたいと思うようになりました。そんな私にとって宇宙開発の先端国アメリカの大学は理想の場所でした。
1年間留学から帰国後、多くの海外進学希望の学生が国際文化科学コースに所属する中、私は理数系科目強化のため理系クラスに入りました。1年間の理数科目のブランク、自力でのTOEFL勉強など、残りの高校生活は大変でしたが、国際コースの先生方はいつでも協力的で、国際コースの生徒達と同じように私の海外進学をサポートして下さいました。
アリゾナ大学入学直後は、授業についていくのもやっとでしたが、留学生専用の入学オリエンテーションで知り合ったほかの国の生徒達や、同じ専攻の生徒達と仲良くなり、お互いに助け合いながら次第に大学生活にも慣れていきました。授業はとても興味深く、中でも、大学の大型天体望遠鏡を実際に使ってグループで観測を行うクラスは、実践的で面白いクラスでした。アリゾナは日本とは異なる大自然に囲まれ、のんびりとしたところです。たまの連休には友達とそういった自然の溢れる場所に旅行に行ったりしています。学期中は集中して勉強し、休みの日は思いっきり遊ぶ、というアメリカの大学生活はとても充実したものです。卒業後は大学院進学を考えています。そして、アメリカもしくは日本で研究員として働けたらと思っています。

 

竹井 暖(2006年沖尚卒業)

竹井 暖(2006年沖尚卒業)
北京大学、中国、北京市
医学部・医学科・臨床医学専攻(1年)

 私は高校二年生の頃に人と接することに憧れを抱き医師を志しました。高校三年生になり野球部と受験勉強との両立を目指していた頃、北京大学を受験できると知りました。将来、「国際的に活躍できる医師」になりたいと考えていた私は、北京大学に入学することを決めました。中国の医療施設では衛生面など、まだまだ日本に劣るところが多々ありますが、世界に目を向けると、日本のような先進国は少なく、逆に発展途上の国のほうが多くあります。そのような国々に住む人たちのために診察し、自らが行った医療を通じて彼らに笑顔を取り戻すことができたら医師として、それ以上に人間として幅広い視野が持てるものだと考えています。
私は中国語を習ったことがなかったため、留学を決意すると同時に独学で中国語を学び始めました。高校卒業後は中国でまず語学研修生として中国語の勉強をしてから北京大学に入学しました。私が通っている北京大学には台湾人のほか、韓国人や東南アジアの国々からも多くの学生が医学を学びに来ています。
また、中国・北京は国際色も豊かで、中国語を学びに来ている人が非常に多く、私は趣味としてやっている野球ではキューバ人と一緒にプレーしています。野球がまだまだポピュラーではない中国では興味を持ってくれる人が多く、一緒に楽しんでいます。
 私の夢は「医師という職業を通じてみんなに笑顔を作ること」です。患者と医師との距離が遠く、うまく腹を割って意見交換できない状態を改善するために笑顔を絶やさないことが大事だと思っています。この先、医学を学んでいく上で苦しいこともあると思いますが、理想の医療を目指して私自身笑顔を絶やさずに中国生活を充実させていくつもりです。

 

陳 冠澄(2007年沖尚卒業)

陳 冠澄(2007年沖尚卒業)
台湾国立政治大学、台北、台湾
外交学部(1年)

私は去年の7月、外交官帰国子女の推薦で台湾国立政治大学外交学部に合格しました。自分の父が台湾の外交官ということから、自分も大学は台湾で勉強し将来台湾の外交官になろうと決意しました。外交学部は主に政治、経済、国際関係、言語などを勉強します。外交学部には目玉イベントとして外交学部主催の舞踏パーティがあります。中では国際社会で使われているマナーや社交ダンス、食事などをしてたくさんの人と交流します。大学主催のイベントとして、コーラス、運動会、チアリーダーがあります。全て学部ごとに分かれて競うので皆ベストを尽くして最高の成績を目指します。寮生活でも順調に友達ができ、また節日毎にルームメートとパーティを開いたり、休みに友達と旅行に行ったりもします。
大学は高校と違って、自分のやりたいことをする事ができます。しかし、何がしたいか、何をしなければいけないか、またどのように物事を計画し、さらに進めていくか全て自分で行わないといけません。また、その結果も自分の責任で負わなければいけません。高校では大学に受かるようにひたすら勉強あるのみという思いしかありませんでしたが、それまで努力をしていたから今があるんだと自分は思っています。何事も努力をすれば、その分だけ報われるのです。